「あんたにも神が居るんだな」
刹那は何時でも唐突だ。
何か色々と考えていて彼なりの理論や意味合いがあるらしいのだが、そのあたりの説明を素知らぬ顔ですっ飛ばして口を開くものだからコミュニケーションに苦労する。
冷静だが短気なティエリアならあからさまに苛立った反応をしただろうが、ロックオンは焦らなかった。
解らないなら解るように会話をすればいい。
「なんで急に神様の話になるんだ」
「祈りは神へ捧げるものだ」
「……ああ」
重ねた両手を組んで額を押し付けた恰好が、祈る姿に見えたのだ。
ミッション開始を数時間後に控えた空白の時間の中で、常に頭の奥に纏わり付いている事実を思ってはいたが、祈っているつもりはなかった。
「昔は律義に寝る前とかにお祈りしてたけど、今は考えたこともないな」
「居ない、のか」
「ん? 俺の神か? 多分居ない」
「……そうか」
「そういうお前はどうなんだ」
逆に問い掛けたことにあまり意味はない。
ただ、何かに餓えて、常に答えを渇望しているように見えるこの少年の信じているものを、知りたいような気がした。
ロックオンの問いに、刹那は逡巡するように視線をさ迷わせ、答えた。
「前は居た……今は、居ない」
痛みを思い起こすような表情がちらりと鉄面皮の合間から垣間見え、歳相応の幼さと無防備さを感じさせた。
自分達は互いの過去も、選ばれた理由も、戦う意味も知らない。
幼い頃のロックオンの日常の中に在った神と、刹那の信じた神は、たぶん相入れないものだ。
それでも今は、こうして話をしている。
争うことは人の本質かも知れないが、これもまた人の姿だ。
「日本では、」
「は?」
「米に八十八の神が宿っているそうだ」
「コメって、ライスか。あのちっさいつぶつぶに?」
急な話の切り返しに首を傾げるロックオンに、刹那は生真面目に頷き返す。
一応、まだ神の話は続いているらしいことは確かだ。
「隣に住んでいる日本人が言っていた。だから米を粗末にしてはいけないと、家族によく言われていると」
「はああ、日本人って面白いことを考えるんだな」
話の流れがさっぱり解らないながらも相槌を打つと、刹那はどこまでも真面目な顔で米は大事だと応える。
何がどういう経緯で隣人とそんな会話になったのか、そもそもカムフラージュのための住家の隣人とコミュニケーションを、この刹那が良しとするのか、ロックオンには想像も付かない。
「スメラギ戦術予報士に聞いたら、古来より日本人はありとあらゆるものに神が宿っていると信じていて、同時に複数の神を崇めるのが普通なのだそうだ」
「………米の話を、スメラギさんにしたのか?」
「した」
「ああ……そりゃ、まあ、なんつーか……したのか」
博識で日本人系らしいスメラギ女史に日本文化を尋ねてみるのは、正しい選択だろう。
しかし、いきなり刹那に米の話をされた彼女の心中は察して余りある。
幾ら有能な戦術予報士でも予測不可能に違いない。
「んで、刹那はその話を聞いて、どう思ったんだ」
「俺は、」
「たぶんお前の国の神も、俺の生まれ育った国の神も、ひとつしかない。それ以外を信じる奴はみんな異教徒とやらだ。そうじゃない国の神の話を聞いて、どう思った」
「わ、からない……ただ、」
「ただ?」
「日本では死んだ人間もホトケという神になるそうだ……人は、死んだ人間にも祈りを捧げる」
死んだ人間に祈る。
何を、祈るんだろうか。
ロックオンの国では人が死んだ時に祈るのはやはり神だ。
神の御元にいった人の安らぎを神に祈る。
家族のことを考えていた自分は、祈っていたのだろうか……?
誰に?
何を?
こんなどうしようもない世界で。
「刹那……お前は何に祈る」
独り言めいた問い掛けに、赤褐色の瞳がこちらを射ぬく。
決めているのに、決めてしまっているのに、答えを探している眼差し。
「俺の神はいない」
宇宙の闇は深くて、暗い。
その静寂さを、深遠を、恐ろしいと思ったことは不思議となかったが、今は何処か物悲しいと思った。
破損した機体の残骸やビームによって砕かれた小惑星の欠片が漂う空間には、人の愚かさと死が充満していた。
無重力状態では上も下もないはずなのに、どんどん奈落へ墜ちていくような感覚がある。
遠くの、向こうの方から近づいてくる美しい光だけが救いのようだった。
こんなにもGN粒子の光が美しいと思ったことは、なかった。
(……刹那)
あの日に全てを失くしてから、誰に何を祈るのか分からなかったけれど、今はこの光に、彼に祈りたい。
自分はとても酷い人間だ。
何もかもを、ずっと年下の少年に預けてしまおうとしている。
(それでも、俺は祈りたい)
人は祈る。
神に、死んだ人間に、生きている人間に―――祈らずにはいられない。
(だから、俺はお前に祈るよ)
だけどお前は俺に祈らなくてもいい。