※恰好いい兄さんが好きなひとは絶対に見たら駄目なもの。徹頭徹尾ばかです。

ぱんつ#01

 けたたましい呼び鈴の音が家中に鳴り響いたのは草木も眠る丑三つ時、取引先との時差の関係で今夜は遅くまで会社に残っていた家主がようやく帰宅し、一服してシャワーも浴びて、よし寝るぞと寝室のドアを開けたその瞬間のことだった。続いて、どんどんどん!とドアが力いっぱい叩かれる。
(どこのどいつだこんな夜更けに……!)
 ごく当然の常識を持ち合わせた家主の若手商社マン、ライル・ディランディ(24)は、ごくごく常識的な憤りを握りしめ、ベッドを飛び越えるようにして通りに面した窓に駆け寄った。この家はいわゆる長屋式のつつましやかな二階屋で、左右の家との境はとっても薄い壁一枚だ。お隣さんの今見ているテレビのチャンネルがどこかさえ簡単に判ってしまうほどの貧弱な防音体制。当然、玄関先で騒がれなぞすれば、ご近所に筒抜けなのである。
 窓を開けて首を出し、真下の玄関に向けてうるせえぞと怒鳴ろうとして。
「あ」
 物音にこちらを振り仰いだ、その顔に。
 ライルは咄嗟にがばっと窓際にしゃがみこんで隠れた。
(なんでいる――!?)
 自分と同じ顔。それがこの世に存在していること自体に驚きはない。ない、が、それがこの家の玄関ドアの前に立っているという状況は想定したことがなかった。そもそも引っ越したことをライルはかれに伝えてすらいない、はずだ。
 だが、疑問を追及する時間は与えられない。
「ライルー! おーい、ライルってばー!」
 確実にかれの居場所を視認した、近所迷惑という言葉を知らないか敢えて無視したとしか思えない大音声に頭を抱えたのは、一瞬。
「あんのばか……!」
 ライルは風呂上がりのバスローブ姿のまま、自己最短記録を塗り替えるスピードで階段を駆け下り短い廊下を玄関まで猛然とダッシュして、ドアを勢いよく引き開けるなりそこに立っていた人物を家の中に引っ張りこんでバタンと閉めた。
「何やってんだよ兄さん!」
 抑えた声で怒鳴りつけられた双子の兄はへらりと笑って、あーライルだー、と暢気に宣う。自分で訪ねてきておいてどういう言い種だ。――と思ったライルは直後、
「うっわ、くっせえ……!」
 鼻を摘んで顔を背けた。
 酒くさい。などという可愛い言葉で済ませては断じていけないと確信できるほど酒臭い。どんだけ呑んだらこんなになるのだ。
「ひとりでのんでたら、なんかおまえのかおがみたくなったからさア。きちゃった」
 えへ?と潤んだ目で小首を傾げてみせる姿はどこからどう見ても正真正銘、血統書付きの酔っぱらいだ。それもべろんべろんのぐでんぐでんだ。その酔っぱらいがいっそ鏡を見ているのかと疑うレベルで自分生き写しというのは一体全体、何の前世の咎だろうか。もちろんかれらは生まれたときから一卵性双生児なのだから見目がそっくりなのは仕方ないのだけれども、しかし自分の顔がいい年をしてにっこり小首を傾げている様など見ても気味が悪いだけだ。つーか来ちゃったじゃねえだろどこの萌えキャラだそれ!
 一通りのつっこみを懸命にも脳内だけで完結させて(なぜって酔っぱらい相手に正論振りかざしても意味がないからだ)、ライルは深い溜息をひとつ、何年もまともに会っていなかった兄の背をぐいと押すようにして狭い廊下の奥へと押しこんだ。立ってるだけでふらふら揺れてる泥酔者を深夜の路上に蹴り出すほど無慈悲ではない。まあ、蹴り出したところでこの季節なら凍死することはまずないが、むしろ身内の恥的に蹴り出したくない。
 物珍しげにきょろきょろしている酔っぱらいを廊下の突き当たりのリビングに放置して、自分だけ戸締まりに引き返す。かちりと内鍵をかけなおして、ふと眉を寄せた。急に会いに来るなんてどうしたのだろう、それも泥酔してだなんて、何があったのだろうか。
 ――だが、またしてもライルに考えこむ余裕は与えられなかった。
「だあああ…ッ、何やってんだよ……!?」
 夜中だということをうっかり忘れて叫んでしまったが、それも致し方ないだろう。誰だって叫ぶに違いない、さして長くもない廊下を往復してリビングに戻ってみたら自分と同じ顔がいきなりストリップショーを繰り広げてましたなんて事態に直面すれば。
 つい先刻までしっかりジャケットまで着こんでいたはずの酔っぱらいは、すでに上半身に一糸纏わぬ状態で、さらにジーンズのベルトを外しジッパーに手をかけている。
「ちょっとまて!」
 取るものも取りあえずウエスト部分に飛びついて押さえつけて、下まで脱ぐのだけはかろうじて阻止した。このうえ、自分と同じ(に決まってるんだここまで来たら!)成人男子の全裸なぞ見たくもない。頼むから。
「なんで脱ぐ」
「んー……あつい」
「呑みすぎだろ……」
 ソファの周囲にとっ散らかった靴やら靴下やらジャケットやらTシャツやらに疲弊した目をやって、ライルは再び吐息した。たしかこの双子の兄は嫌味なほど出来がよくてこれでもかと自分のコンプレックスを刺激してくれた存在のはずだったのだが。
(今夜はひとまずソファで寝てもらうとして、事情は明日、酔いが醒めてから聞くか……)
 などと考えていたライルは次の瞬間、ぎゃっと叫んで跳び退った。
「な、ななななな……!?」
「ぱんつはいてない……」
 ライルのバスローブの前を予告もなくぴらりと左右にめくってのけたニールは、なんとなく呆然とそんなことを呟き。
「たったいま風呂出たばっかだったんだよ……! 寝るときはちゃんと穿きますいつも穿いてます!」
 真っ赤になって反論する弟の前で、ぱちりとまばたきをひとつ。
「おれもぬぐ」
 おもむろにストリップを続行しはじめる。
「やめろって……!」
 今度は自分に被害が及ばないよう不埒な両手首を押さえ込んでかなり本気で怒鳴りつけると、ニールはぱさりと栗色の髪を揺らして俯いた。その前髪の長さまでほとんど自分と違わないという事実に眩暈がする……。
「…………」
「……兄さん?」
「じゃあ、かえる」
「え」
 いつのまにか器用にライルの拘束から抜け出たニールがくるりと踵をかえし、すたすたと玄関へ向かった。その、やはり自分と瓜二つな背中を呆然と見送って。
「…ッじゃねえだろ……!」
 ライルは慌てて追いかけると玄関ドアの三歩手前で間に合って兄の腕を掴む。
「その恰好でどこ行く気だ!」
「かえる」
「莫迦ですか!」
 裸足でジーンズの前は思いっきりはだけてぱんつ丸見えで上半身すっぽんぽん。そんな恰好で表を歩いたが最後、いくら夜中だろうがソッコーで通報される。しかも双子だなんて知らないご近所でとんでもない噂になる冗談じゃねえ!
「だってライルがつめたい……」
 あったりまえだろうがあんた自分の有様をよくよく省みろ。――と、言っても通じるわけがないのだこれだから酔っぱらいは。いっそ本当に蹴りだしてしまいたい気分に駆られつつ、
「わがっだ」
 ライルは拉げた発音でつぶやくと同時に、その一瞬でいろいろなものを諦めた。明日も仕事がある。とにかく今は少しでも平和な夜を取り戻すのが先決だ。
「わーかった、わかりました! とりあえず兄さんはシャワー浴びてその酒くさいのを何とかしてこい。その間に着替えと寝る用意しといてやるから!」
 ちょうど真横はバスルームだ。自分と同じ見てくれの酔っぱらいを有無を言わせずその中へ突っこんで扉を閉めて、ずるずるとライルはその場にへたりこんだ。
 父さん母さんエイミー、どうかあの手のかかる莫迦兄貴を何とかしてください……。


―――酒の勢いでうっかり巻き込まれたライニルライでぱんつをめぐる陰謀。これを自分の3X回目の誕生日に更新したという阿呆っぷり。




ぱんつ#02

 ぱたん。
 寝室のドアが閉まる軽い音に、ライルは半分潜っていた布団から顔を出した。
 明かりはすでに消していたが、闇に慣れた目はドアの前に立つ人影を難なく見極める。鏡から抜け出てきたかのように自分と生き写しの若い男。何年も所在不明だったくせに、連絡もなしに非常識な時刻に泥酔して押しかけてきた双子の兄。ライルがソファに置いておいたスウェットの上下を着て、神妙な顔でじっとこっちを見ている。シャワーを浴びて少しはアルコールも抜けたらしい。
「何、兄さん」
 階下のリビングにはソファに予備の掛け布団と枕もちゃんとセットしておいたから、ここに来るということは何か自分に用があるのだろう。酔いが醒めて、突然の訪問に対する詫びや理由の説明をする気になったのかもしれない。そう思ったライルはベッドの上に半身を起こし、枕元のサイドランプのスイッチを入れ――
 直後、自分の真っ当な神経を心底から呪った。
「うん……」
 ぺたぺたと裸足でライルのベッドの傍までやってきたニールは、
「…………だからなんで脱ぐ……!?」
 だしぬけに着ていたものを脱ぎはじめたのである。
 ザ・ストリップショー・オブ・マイ・フェイス・アゲイン。一時間前と違ってすっかり寝る体制になっていたライルの反応は、完全に遅れた。
「んー……寝る準備」
「当然の顔をして言うな! ていうかなんでぱんつ穿いてないの!」
 ちゃんと置いといただろ俺! 置いといたよな!?
 一瞬で眠気のすっ飛んだライルが喚くのを余所に、あっという間に生まれたままの姿になり遂せたかれと同じ顔をもつ男は、ごくごく自然に次の行動へと移行する――あくまで真顔で。
「だああああ潜ってくんな布団貸したろーがソファで寝ろ!!」
「やだ」
「やだじゃない!」
「なんで」
「なんでじゃねえよ人としての常識と良識の問題だ!」
「……おやすみライル」
「話を聞けえっ…!?」
 あっさりベッドの左半分を占領されてしまって、ライルはわなわなと拳を震わせた。そりゃ、ちょっとした贅沢のつもりでダブルサイズを購いましたけれども。けれどもさすがに身長180センチ越えの大の男がふたり並んで寝るには狭いし。狭い以前に遠慮したい、たとえ血の繋がった兄弟といえども全力で。そうとも素肌を合わせて同衾するなら可愛いおんなのこに限る……!
「ああもう、わかった! 俺がソファで寝る」
 ぜえはあと息を切らしてライルはそう宣言し、ばさりと掛け布団を撥ね除けると、我がもの顔で寝っ転がる隣の身体を乗り越えてベッドを這い出ようとした。
 のだが。
 その、ライルの。
「ぎゃあああああ……ッ!!」
 パジャマのパンツを。
 後ろからニールの長い指がしっかと掴んでいた――下着ごと。
「なにすんの!」
「寝よう」
「いやだからなんでそれでぱんつ脱がすの!」
 必死で最悪の事態を免れようともがいても、如何せん体勢が不利にすぎる。むしろ足掻くほどに状況が悪化する。たすけて父さん母さんエイミー…っ!――と叫んだところで死者は助けてはくれない、当然のことながら。
 ベッドの上で組んず解れつ格闘していた、そのときだった。
 どん!
 ふいに壁が鳴った。びくりとライルが硬直する。音源は隣の家だ。長屋作りの場合、隣り合う二軒の構造はシンメトリーになっているから、間取りの都合上この壁の反対側はちょうどお隣さんの寝室だと考えられるわけで。
 さあああ――っ、とライルは青ざめた。これはたぶん、聞こえている。聞かれている。脱ぐとかぱんつとか叫んでどったんばったん騒いでる男ふたりぶんの声が、ばっちりと。
(ど、…うしよ、う……)
 しかし、かれが思いっきり狼狽えている隙にも事態は着々と進んでいる。
「ライル、足」
「……え?」
「上げて」
「あ、うん」
「よし、できた」
「…………え?」
 はたと我にかえったライルの目の前で、酔っぱらい(そうなのだ幾ら多少アルコールが抜けたところでコレはもともと泥酔野郎なのだ……)は妙に満足げな表情で、ぺいっと何かを部屋の向こうの暗がりに放り投げ。
「寝よう?」
 ことん、と小首を傾げてみせた。
「………………」
 ライルは無言で嫌味なほど自分そっくりの兄の顔を見た。それから、視線を落として自分の今現在の恰好を。
 まばたきを三回。
「…………おやすみ……」
 げんなりと呟いて布団に潜りこむ。
 ――明日も仕事だ。


―――輪をかけて兄さんが莫迦。翌朝、「兄さん俺のぱんつどこやった……!?」とライルさんが叫びながら引っぺがされたパンツを部屋じゅう探し回ります。