※17話視聴直後に書いたので色々と間違ってますが目を瞑ってやってください。







 地上は凄惨なありさまだった。
 瓦礫と化した建物。くすぶる黒煙。ずたずたになった滑走路。けたたましく鳴り響くサイレン。基地の象徴だったトリプルタワーは跡形もなく、ぽっかりと寂しくひらけた鈍いろの虚空をただ、呆然と振り仰ぐ。
 上空から見おろしたよりも数段むごたらしい、実際にみずからの目線で確認したその惨状に、誰もが息を呑んだ。
 MSWADはユニオン最強のMS部隊だ。その、本拠地が。われわれの「HOME」が。よもや、これほどまでに無残な姿を晒す日が来ようとは。
 グラハム・エーカーは口唇をつよく噛みしめる。口中に鉄錆の味がひろがった。
 人の手によってつくられたものはいずれことごとく滅び去る、そんなことはわかっている。だが、仮にこの基地が壊滅するときが来るならば、それは自分が墜ちた後だ。自分たちフラッグファイターがひとり残らず戦死して、そののちことだ。ずっと、そう信じてきた。そのためのフラッグファイターであり、それこそが矜持だった。
 いったい何人死んだのか――考えるだに戦慄が走る。司令部は全壊、格納庫はやられたのは三棟のみだったが、その中では居並んだフラッグが今まさに敵機迎撃のため発進しようとしていた。MSWADが誇る精鋭パイロットと優秀な整備士たちの多くが、一瞬で業火に灼かれて消えた。文字どおりこの世から消滅した。
 消火・救出活動は難航している。焼け落ちた資材がまだ高熱を発しているためだ。どのみち、あれでは絶望的だろうが。
「くそ…っ!」
 グラハムは後悔していた。これ以上ないほどに。そして自分の愚かさに吐き気をおぼえるほど腹を立てていた。
 はじめてガンダムを見た、AEUの軌道エレベーターでのことを思いかえす。そのときの自分の態度を、高揚を。歯噛みするほかない。まるで他人事だった。圧倒的なその強さに、存在の矛盾に、はっきりと惹かれた。邂逅のたび、戦うたびに、全身の血が騒いでわくわくした。はしゃいでいたと詰られても反論できない。
 それがファイターパイロットの性だとしても。
 その甘さが、今回のような事態を招いた。優秀なフラッグファイターを四人も立て続けに喪い、敬愛する教授をみすみす死なせ、帰る「家」まで破壊しつくされて。
 奥歯がぎりりと軋んだ音を立てる。好意を抱くよ―― そう口にした数ヶ月前の自分を、叶うなら殴ってやりたかった。
 あれは、敵なのだ。ガンダムは最初から、自分たちの敵だったのだ。
『私は麻薬が嫌いでね。焼き払ってくれるというのなら、ガンダムを支持したい』
 エイフマン教授の穏やかな語り口調が耳の奥によみがえった。理知的な青い眸。グラハムの無茶な要求にも、苦笑しながらいつだって求める以上の答えをかえしてくれた。孫を見守るようなあたたかいまなざしだった。
(プロフェッサー…)
 泣きたい衝動は、歯を食いしばって堪えた。今は泣くときではない。そもそも私に泣く資格など、ない。
 パイロットスーツのまま、グラハムは砲撃を免れた建物の一つへ直行する。爆風であちこちガラスが割れ、大小の破片も飛びこんでこちらも相当悲惨な様相ではあったが、内部は機能していた。精鋭部隊の「家」らしく、無事だったスタッフらが率先して怪我人を救助し、衛生兵とともに応急手当を施し、基地内各部・各機能の無事と被害状況を確認し、緊迫したなかにも一定の秩序と冷静さを保って行動している。今後の対策にまで手が回っていないのは、事態を考慮すれば致し方ない。ひとまず敵は退いたのだ、今は負傷者の保護と基地機能の回復が先だ。
 グラハムは残った十人のオーバーフラッグ隊員を作業の手伝いに向かわせ、自分は野戦病院同然の建物内を一室ずつ覗いていった。
 通信回線を通して届いた声は、ひどいものだった。伝えられた内容も酷かったから、その所為と考えることもできる。ガンダムの通信妨害の影響も忘れるわけにはいかない。けれど、この惨澹たる光景と、かれが恐らくは伝えてきた内容をまのあたりにしたのだろうことを―― そんなことは声を聞けばわかる――考え合わせれば、かれ自身が怪我をしている可能性は高かった。
(それに、たいした怪我でなければ他の者の治療を手伝っているだろう。いずれにしろ、この建物のどこかにはいる)
 リノリウムの廊下にパイロットブーツの靴音が硬く反響する。医療品を手に慌ただしく行き来する者、負傷したのかあるいは心理的なショックからか、隅の床に座りこんで項垂れている者。鬼気すら纏い、厳しい表情で足早に通りすぎるMSWADのエースを、誰も気に留めない。その余裕がない。
 騒然とした建物内で、探し人はなかなか見つからなかった。焦燥に苛立ちすらおぼえはじめたころ、グラハムの視覚がその姿を認識するより先に、両の足がまず動きを止めた。
 廊下のつきあたり、普段は喫煙スペースとなっている休憩エリアに、かれはいた。
 長椅子に力無く座って、悄然と肩を落として、途方にくれた様子で足下を凝視している。その視線の先、いつものサンダルは片方が失われていて、左足に履いたスリッパの端から覗く真あたらしい白がやけに目に付いた。包帯は頭にも巻かれている。
(カタギリ…)
 エイフマン教授はカタギリの恩師だった。かけるべき言葉を見つけられず、グラハムはその場に立ちつくした。
 永遠にも感じられる数秒。ふと、カタギリが顔を上げ、こちらを振りむいた。蒼白な顔がちいさく目を瞠った。
「グラハム、」
 名を呼んだきり、カタギリの言葉は途切れてしまう。けれどその声でグラハムの呪縛は解けた。ゆっくりとした足取りで長椅子に歩み寄りながら口をひらけば、思いのほか落ちついた声が出た。
「怪我をしたのか」
「…打撲と擦過傷をすこしね。たいしたことはないよ…ヒビくらいは入っているかもしれないけど」
 たいしたことあるじゃないか、とグラハムは思うが、口にはしない。
「つい先刻まで衛生兵を手伝っていたんだけれど…すぐにぼうっとしてしまって。役に立たないと、追い出されてしまった」
 抑揚のない乾いた声でカタギリは話し、色の褪せた唇に笑みを浮かべようとして、失敗した。膝の上で固く組みあわせた両手の甲には、手当てされた傷以外にも、皮膚が破れて赤いものが滲んでいる。何度もきつく爪を立てた結果だろう。白衣についた血は、かれのものか、他の誰かのものか、グラハムには判じ得なかった。
 どうして、なぜ、こんなことになってしまったのか。疑問符は尽きない。
「きみが無事でよかった…カタギリ」
 心の底から湧き出る唯一たしかな想いを、グラハムは吐息に乗せた。カタギリの顔がくしゃりと歪んだ。うつむく。
「グラハム、すまなか…ッ」
 基地を守れなくて、か。教授を守れなくてか。それとも、自分だけ生き残ってしまって、か。嗚咽に震える肩にグラハムはそっと手を置いた。泣けるならば泣いておいたほうがいい。泣けるときに。
 ふと、もしかしたら新型のガンダムとこれまでのガンダムは違うのかもしれない、との直感が脳裡を過った。それほどに、同じガンダムという機体でありながらその戦法は異なっていた。MSの動きから伝わってくるパイロットの感情や考えというものが。
 新たなガンダムが伝えてきたのは、数度にわたるガンダムとの戦闘でグラハムがこれまで感じたことのなかったもの。
(純度の高い――あれは、悪意だ)
 グラハムは自分の第六感に百パーセントに近い信頼を置いている。でなければ幾多の戦いを生き残ってはこなかった。自分が焦がれたガンダムと、新たなそれの出現。これは、何を意味するのか…。
 しかしすぐに、そんなことはどうでもいい、と思い直した。頭をひとつ振って意識を切り替える。ガンダムは、敵だ。
 斃すべき敵だ。
「見ていろ…」
 窓の外の暗灰色の天を睨みあげる双眸に苛烈な炎が宿った。赦さない。赦すものか。
「私をこうも怒らせたことを…後悔するがいい」
 床上すれすれを這った静かな呟きには、押し隠した殺気が漲っていた。
「グラハム…?」
 不安を内包したカタギリの呼びかけに、グラハムはただ、肩に置く手にこめた力だけで応えた。





―――Wormwood - there fell a great star form heaven.
17話派生。録画見て感想書いてその後でお風呂入ってる間にどかどかっと降ってきた。戦闘機乗りとか撃墜王とか元々大好きなんですよ、普段どれだけ陽性でも本気になると怖いよっていうのが書きたかった、んだ。(そしてまた泣けない男がひとり)
タイトルはぴんときた方もいらっしゃるでしょうが聖書です黙示録です。苦よもぎ、という和名のほうが響きは好きなのですが。何となく最初の衝動が影響して、SSタイトルは英語で考えるような方向性になりつつある…いやだなあ。(英語で食ってますが英語は苦手科目でした)
20080209