「飲みすぎですよ」
見かねて声をかけると、男は「あ?」と振りかえった。すらりとした長身と、ととのった顔だちに、燕尾服が文句なしに似合っている。
「こんなの、飲んだうちに入らねえよ」
普段ならそうだろう。事実、ロックオンの顔色は常の白さを保ったままだし、足取りも眸に浮かぶ光の強さもまったくもって危なげない。だが、
「任務中ですよ?」
はあ、とアレルヤはため息をついた。
介入行動ではないにしろ、敵地に潜入しているのだ。人革連の静止衛星軌道ステーションで開かれているパーティで、敵情視察をする、というのが今回かれらに与えられたミッションだった。
ロックオンはそんなアレルヤを面白そうに見た。それから、ははっと笑った。
「本気で俺たちに何かを期待してるわけじゃないだろ」
ちょいちょいと指で年下の同僚をさしまねくと、声を抑えて続ける。
「実際の話、このパーティに何らかの問題があって俺らの今後の計画に影響するってんなら、今ごろ俺たちはトレミーの中で臨戦態勢で待機してるさ。諜報や情報分析には、その道のプロがいるんだ。俺たちみたいな素人がしゃしゃり出る幕じゃない」
CBのエージェントは地上・宇宙の別を問わず充分な人数と能力をそろえて配置されている。無論、現場で必要にかられればマイスターたちも独自に情報収集を行うし、そのための訓練は受けているけれども、それでもかれらはまず第一義にMSのパイロットであり、集められた情報とヴェーダの予測に基づいて武力介入を行う実働部隊だった。
その疑問ならば、アレルヤも気づいていた。だが、実働部隊たるかれらは、ひとたび命令が下されれば黙って従うのが筋である。だから、アレルヤはあくまで「任務」として今回のミッションを受けた。
「なら、どうして、」
「さあな。あのお嬢さんの思いつきじゃないか?」
ロックオンの視線がちらりと少し離れた場所へ流される。年若いが恐るべき人脈と頼もしい冷静さとを兼ね備えた美少女が、腹心の青年を連れて何処ぞのVIPらしき人物と談笑している。
「ご褒美か、息抜きか、人生経験か……ま、どっちにしろ堂々として、あとは適当に楽しんどきゃいいんだよ」
こんなの、いつまた体験できるか分からんぜ。あっけらかんと笑うロックオンに、アレルヤはまた吐息した。カタイねえ、との苦笑まじりの批評が贈られるが、性分だ。
「せめて肩の力は抜いとけよ。…あーあー、あいつらも。ったく仕方ねえなあ、ガッチガチんなっちゃって」
ロックオンの呆れかえった言葉にふと前を向くと、マイスターの年少組ふたりがかなり緊張した面持ちで、周囲に油断なく目を配っていた。
(――油断がなさすぎだ…)
思わず天を仰ぎたくなるアレルヤである。ロックオンはロックオンで気を抜きすぎだとは思うが。
(どうしてこう、両極端なんだろうね、ハレルヤ)
内心に語りかけるが、分身はウンともスンとも応えなかった。たぶん、こういう場は嫌いだし苦手なのだろう。
「大丈夫かな」
「ん?」
心配そうな顔つきになったのを見咎めたのだろう、ロックオンはアレルヤをいちど振り向いて、それからまた刹那たちに目を戻す。
「平気だろ。お嬢さんの取り巻き扱いで入場してるし、それに俺たちが何なのか、見た目で判断できる奴がいるとも思えない。せいぜい、パーティ慣れしてないんだなって思われる程度だろうさ」
そんなものだろうか。アレルヤの中には比較対照も参照すべきデータもないから、曖昧に頷くことしかできない。
「僕たち、どんなふうに見えてるんでしょうね」
「あいつらはきっと、社交界デビューで緊張してる何処ぞのお坊っちゃん、て役どころだな。ちょいと品てものが足りないが。…おまえもそれに近いか」
「あなたはどうなんです」
「俺?」
そうだな…とロックオンは常時身につけているグローブを外した白い指の関節を口元に当て、しばし考えてから、にやっと笑った。
「何か一ヤマ当てて金か伝手かそんなものが出来たおかげで分不相応な社交場に引きずり出された庶民」
なんてな、と片目を瞑ってみせる。
「一ヤマって…」
「ビジネスか、お宝か…ああ小説家なんてどうだ? 思いつきで書き散らしたものが賞を取ってしまった、とかさ」
くだらない冗談をとばしながら、手にしたボトルをまた口に運ぶ。咎めるようなアレルヤのまなざしにちいさく肩を竦めて、ああ、そうだ、と何かを思いついたように如何にも楽しげな顔をした。
アレルヤはひそかに警戒を強める。
「なあ、アレルヤ。たとえば、ジョッキ一杯のビールを飲むとするだろ。飲み終わったあと、おまえなら車を運転するか?」
また、唐突な話題転換だ。かれの場合、いつものことではあったけれど。
「するわけないでしょう。……まさか」
「うん。俺はたぶん、する」
「飲酒運転ですよ」
ちちちっと長い指が左右に振られてアレルヤの言を否定してみせた。
「ジョッキ一杯は飲んだうちには入らない」
「そんな呑ん兵衛みたいなことを言って」
「本当だ。飲んだ帰りに警察に呼び止められたって、一杯だけなら軽い小言だけで見逃してもらえる。…俺が生まれ育ったのは、そういう土地柄なんだ。だから大抵のパブには駐車場がついてて、みんな車で飲みに来るんだよ」
「その話と今あなたが飲んでることと、どう関係するんです」
他愛ない会話を続けながらアレルヤは、「ああ、やっぱりロックオンは酔っている」と思った。酒場をパブと呼びならわす地域は、世界の中でも限られている。おそらく、この話に出てくる単位は本来ジョッキ何杯ではなく、パイントと称されるものだろう。
イギリスか、アイルランドか、その系列の何処か。そこまで考えて、アレルヤは思考を打ち切る。これはガンダムマイスターには不要の情報だ。忘れてしまうべきだ。
三度ため息をこぼして、どうせ聞き入れられることはないだろう忠告とも苦言ともつかない一言を、最年長のマイスターに告げた。
「いい加減にしてくださいよ。いざというとき、僕ひとりであのふたりの面倒を見るなんてゴメンですからね」
「りょーかい」
「言っておきますけれど、あなたの面倒を見るのも無理ですからね!」
自分の体格を考えてください。軽く睨みつけるアレルヤに、上機嫌のロックオンは「わかってるって」とちっともわかっていなそうな笑顔をかえして、またボトルを口に運んだ。