※18話視聴直後に書いたものです。GNフラッグ(25話)とか…裏切られたよ…。







 イリノイ基地に帰還したカスタムフラッグは、激戦の余韻などまるで感じさせず、平然と通常の着陸シークエンスを終了した。停止線にぴたりと漆黒の機体が静止するさまを見守りながら、カタギリは安堵の息をこぼす。
「まったく、無茶ばかりする……」
『勝手に退院してきて機械いじりにかまけるきみに言われたくはない言葉だ』
 間髪を入れず通信回線からそんな応酬があって、思わず苦笑いした。
『だが、きみの適確な整備のおかげでガンダムに一矢報いることができた。その点については感謝しなければならないな』
「報告を聞いたよ。ガンダムのビームサーベルを奪って右腕を斬り落としたって? いやはやまったく……早速、回収班が現場に向かったよ」
『そうか。しかし空中で爆発してしまったから、役に立つものが発見できるかどうかは疑問だが』
「おや、それは残念…」
 そつのない会話は普段と変わらない。けれど、いつもなら颯爽とコクピットから降り立つエースパイロットがなかなか姿を現さないことに、カタギリは首を傾げた。機体に目立った損傷はないし、怪我の報告もなかったと思ったが。
「グラハム?」
 返答は音声ではなく、ちいさな機械音とともに開いたハッチによってもたらされた。ようやく出てきた人影は、地に足をつけるなりふらりと蹌踉めく。カタギリはたちまち顔色を変え、折れた左腕に走る痛みも忘れて駆け寄った。
「グラハム…!」
 いち早く機体に近づいていた整備士らに身体を支えられたグラハムは、蒼白い顔をそれでもカタギリへ向け、
「どうだ、してやったぞ」
 唇の端を歪めるようにして笑ってみせる。その口元に付着した赤いものが視界に飛びこんで、カタギリはギクリと身体をこわばらせた。
 血だ。
 急いでグラハムの全身に目を走らせるが、ざっと見たところ負傷した形跡はない。そのかわり、握りこまれた右手の白い手袋にやはり赤い色が散っているのを見つけた。となれば、あの血はグラハムが吐いたのだとしか考えられない。そして、そうなるだけの理由に、カタギリは嫌というほど心当たりがあった。
 パイロットの安全性を無視し、常識では考えられないカスタマイズを施した、化物フラッグ。12Gという、人間の耐久限界そのものの重力加速度は、乗る者の身には凶器でしかない。つくったのはエイフマン教授と、
(僕、だ――――)
 背筋を寒いものが這い上がった。
 ―――望むところだと言わせてもらおう!
 完成したカスタムフラッグを見上げて高らかに豪語したグラハムの、奇麗な笑顔を思い出す。あのとき、自分はそれが何を意味するのか、ちゃんと考えていただろうか。
 駆けつけた救急班がグラハムのヘルメットを慎重に外し、担架に寝かせて簡単な検査を行う様子を、カタギリは真っ白になった頭で呆然と眺めた。
 つい数時間前、無謀な単独出撃を敢行する前は生気に満ち、健康そのものだった顔色はすっかり血の気が引いて、額や鼻梁に汗の玉が浮いている。こんなふうになったグラハムをカタギリは知らない。昨日今日の付き合いではないのに、カタギリの知るグラハム・エーカーというパイロットはいつだって、軽やかに自信たっぷりにコクピットから降りてきた。
 怪我した左腕の痛みが急に耐え難いものと化したような気がして、思わず顔を背けたときだった。
 無事な右の腕を掴む、つよい力があった。
 びくっと肩を揺らし、次いでカタギリは恐る恐る振りかえる。あざやかな緑いろの双眸が、揺るがぬ光を宿して真っ直ぐかれを刺し貫いていた。
「私は後悔はしていないぞ」
「グラハム…」
 グラハムは医局へ搬送しようとする医療兵をもう一方の手で制して、ふたたびカタギリを見た。そして、言った。
「カタギリ。エースとは何だ」
「……え?」
「私は今までエースと呼ばれて、何の違和感もなくそれを受け入れてきた。だが…」
 タクラマカンでいちどに三人の部下を喪い、さらにハワードを目の前で為す術もなく墜とされて、あらためて考えた。エースとは何なのか。エースと呼ばれることには、どんな意味があるのか。
 ユニオンのエースとして、自分には何ができるのか。
「つまり、エースとはどうあるべきか、ということだ。…明確な答えはまだ掴んではいないが……」
 ただ、ハワードの墓前に誓った。フラッグを駆ってガンダムを倒すと。機体の性能差など、エースの矜持で跳ねかえしてみせると。
「喪ったものを嘆いているだけでは、すべてが無に帰してしまう。ともにフラッグで空を翔けた友の死を、私は無駄にしたくはないし、それが許されないのがエースだ。全フラッグファイターの手本となる、それこそが、エースの使命だ、と、」
 グラハムはそこで激しく咳きこんだ。医療兵が慌ててカタギリの腕を掴むグラハムの指を外しにかかる。
 そんな周囲の動きなど目に入っていないかのように、乱れた息の下からなおも何か言い募ろうと手に力を籠め、睨むように見上げてくるグラハムの手首を、カタギリはどうにかして握りかえした。左腕の痛みも、鍛えた軍人の利き手がもたらす右腕の痛みも、どうでもよかった。
「わかった、わかったから、グラハム。今はおとなしく医局に行ってくれ。きみの想いはちゃんとわかったから。ねえきみ、頼むよ……」
 片手が不自由だということがこれほどもどかしいとは。右手を塞がれ、あと自由になるところは、と考えたときにはすでに、長身を屈めてグラハムの額に自分のそれを押し当てていた。人目など気にならなかった。
 汗でしっとり濡れたグラハムの額は、冷たかった。
 右腕の痛みがふっと和らぐ。そっと顔を上げると、グラハムの緑の眸が至近にあって、苦しげななかにも呆れたような、それでいて何処か嬉しそうな、かすかな微笑を浮かべていた。
「心配性だな…」
 色を失った口唇から押し出された声は掠れていたけれど、かれらしい自信を湛えていて。
「大丈夫だ、すぐ戻る」
「――待っているよ」
 カタギリは頷き、身を起こすと、搬送されていくグラハムを目を細めて見送った。それから、傍らに駐機された漆黒の機体を振り仰いだ。夜の闇に溶けこむような、そのいろ。
 右の前腕部に、つよく握られた感触がまだ、残っている。
「カタギリ技術顧問、あなたも病院へ…」
 かけられた声に、カタギリは躊躇なく答えた。
「そういうわけには、いかないさ」
 あんなことを言われてしまったら。
 口元が笑みをかたちづくる。懼れが消えたわけではないが、そう、僕にだって譲れぬものがある。
 この機体を整備して、完璧にして、いつでもかれが飛び乗れるようにしておかないと。それに、少しでもパイロットへの負担を軽くするため何らかの対策を講じる必要もある。せっかくエイフマン教授がチューンしたこの世に二つとない機体を、棺桶などにしないために。
(僕にしかできないことだ)
 正直、時間などいくらあっても足りない。
「後でちゃんと医局に行くよ。だから今は見逃してくれないかな」
 敢えて明るく片目を瞑ってみせるカタギリに、職務に忠実な医療兵は深いため息をついて、
「絶対ですよ」
 渋々引き下がったのだった。





―――The Ace.
乙女座のエースパイロットはどこまでわたしの心を奪っていけば気が済むのだろう…。
20080216