「希望、かな」
「…え?」
 あなたにとって刹那の存在とはいったい何なのか、と。問われたロックオンは妙に真剣な顔で一瞬考えこんでから、ぽつりと、答えた。その答えは、十二分にアレルヤの予想の範囲内に収まっていたけれども、同時に、ひどく意外でもあった。
 なんとなくロックオン・ストラトスという人間は、仮令そういうことを思っていたとしても人前で口にはしないような、そんな気がしていたのだ。無論それは、アレルヤの一方的な印象ではあったが。
「あいつは、幸せにならなきゃいけない。是が非でも。…そんなふうにさ、思うんだよ」
 展望室の窓の外、ひろがる星屑の海を眺めて浮かべた微笑はどことなくはにかんで、やわらかい。手のかかる弟を見守るそれに似た、いとおしむ眸。見る者の心が思わず締めつけられるような。
 アレルヤはちくりと胸を刺す痛みにそっと下唇を噛んだ。
 ロックオンが刹那を大切に思っていることなど、傍目にも明らかだ。放っておけないのだと、かれは言う。それが言葉どおりの意味で、他意はないのだと知ってはいても、理性とは乖離した場所で心は勝手に苛まれる。
(わかってる、これは嫉妬だ)
 なにかと刹那の世話を焼きたがるロックオンにも、鬱陶しげにその手を振り払う刹那にも、きっとかつては家族の温もりがあったはずだ。かれらの何気ないやりとりから、アレルヤの研ぎ澄まされた直感はそんな不要な情報を拾ってしまう。アレルヤには最初から無かったもの。アレルヤが(そしてかれの分身であるハレルヤも)知らないもの。最年長と最年少のマイスターの共通点。
 もちろん、その温もりはすでに喪われて久しく、だからこそかれらは今、ここに居るのだけれど。
 何処か遠くを見つめるロックオンの珊瑚礁の海をうつしたような色彩のまなざしを見ていられなくて、アレルヤは睫毛を伏せた。
 と、
「おまえもだぞ、アレルヤ」
「え」
 急にお鉢が回ってきた。慌てて顔を上げれば、すきとおった碧翠色がいつの間にかこちらを向き直って、グローブの指がアレルヤを示している。人を指さしてはいけません、そんな場違いな忠告が頭を過る。
(僕が、なんだって)
 目をしばたたかせるアレルヤに、手すりに身を凭せかけたロックオンは、にっと笑った。
「おまえも、それからティエリアも。みんな、幸せにならないと、な」
 その笑顔も声音も朗らかで、前向きで、ムードメーカーのかれらしかった、けれども。たぶん、唐突な展開についていきかねて呆然としていたから、アレルヤは気づいた。気づいてしまった。
 みんな、とかれが言う中に、ひとり、欠けている名前がある、と。
(言うな。訊いたら駄目だ)
 そう思っているのに、アレルヤの口は勝手に次の言葉をつむいでしまう。
「―――――あなたは?」
「ん?」
 軽く眉をあげたロックオンの表情は穏やかで、揺らぎは微塵も窺えず。
 ああ、とアレルヤは内心で天を仰いだ。どうした、と問いかけてくるその双眸に、自分の勘付いたことが杞憂などではなく、しかもかれの中ではとうの昔に消化されてしまっているのだとわかってしまった。
 せめて、はっとした様子でも見せてくれれば、よかった。うっかりしていたと、肩をすくめて頭を掻いてくれたなら。
 そうしたら、目を瞑ってしまうこともできたのに。
「どうした、アレルヤ?」
 怪訝そうに小首を傾げるロックオンを、アレルヤは衝動のままに抱きすくめた。柔らかな癖毛がゆるやかなウェーヴを描く首筋に顔を埋めると、清潔な石鹸の匂いがした。
「お?」
 戸惑いながらもロックオンの手が背中に回る。重なる鼓動。
「あなたも、」
 震えるな、とアレルヤは念じた。腕も、声も。この胸に巣食う不安など、かれに伝えなくていい。この身の温もりだけ、伝えてくれれば。
「あなたも幸せになるんです。僕たち、みんなで」
 自分でもどこまで信じているのかわからない、そんな夢物語を、それでも言わずにはおれなかった。
 ロックオンはちいさく息を呑んだ、ようだった。それから、
「……そうだな」
 吐き出す息に添えて、くしゃりとアレルヤの髪が掻きまわされた。心地のよい声が触れ合った身体をつたわって、アレルヤのなかに響いた。





―――ESPERANZA
できてるアレロク前提、ロク兄→刹那はこの場合純粋にお兄ちゃん視点で。(刹→ロクは下心があったりするかも?)
時間軸は19話以前でお願いします。PVをネタにやきもち焼きのかわいいアレルヤをほのぼのと書いているはずだったのに途中から何だか変な方向に12Gで急旋回した。暗い…。(たぶん19話予告の所為)
エスペランサ=スペイン語で「希望」です。ロックオンの想い描く理想の未来には、他のマイスターズはいるけどロッくん自身はいない、ような気がして書いたものでした。
20080218