nobis peccatoribus ―― 「われら、罪びとたち」

一時はどうなることかと思いましたが、何とか終わりまで漕ぎつけました。やはり刹ロクのターンで苦しみました。あきらかにファイルサイズのバランスがおかしいんだけどもう仕方がない。こいつらが勝手に動くのは私には止められない。
凶悪な更新ペースに最後までお付き合いくださった皆様、どうも有難うございます。

刹ロクの神が舞い降りた19話、皆様が感動的な感想を書かれて素敵なお話をつくってらっしゃるのに、ひとり反旗を翻しました。天邪鬼イエイ!
っていうか…うん私があそこでロク兄の立場にいてアレを言われたら、むしろ凄く腹立つってか、むかつくだろうなあ、というそれだけなんですけど。
復讐心から銃を手にして、十年もそれを糧に生きてきて、それであんな簡単に納得できちまうの?んなわけないよね、と思ったのでした。そこで許し許されることができてしまうなら、かれらは今ガンダムに乗ってはいないんじゃないか、とかね…。(むしろガンダムで戦ってて成長したから許容できる、というのがシナリオなんでしょうけども!)
心が狭いのです。私の。うんそれだけです。
あと、赦されることだけが救いとは限らないのではないか、とも思ったり。します。はい。

タイトルは、ラテン語で「われら、罪びとたち」という意味。聖母マリアの讃歌(いわゆるアヴェ・マリア)の一節です。扉の言葉は、死者のためのミサ曲(レクイエム)の中に出てくるフレーズでした。

ようやくABCのAまで接触させられることができたので、ちょっとほっとしてます。(笑)