「……やる」
ぐい、と掌に乗せて目の前に突き出されたものを見下ろして、ロックオンは目をしばたたかせた。
「…マーブル?」
子どもが弾いて遊ぶガラス玉がひとつ。すきとおったエメラルドグリーンのそれは、ピューリーとかクリスタルとか呼ばれる種類だったと思う。何の模様も混じり気もない透明な球体の中に、閉じこめられた空気の粒がきらきらと南国の太陽に瞬いて、星のようだ。直径二センチ弱のささやかな宇宙。
「ビー玉だ」
刹那は耳慣れない言葉をつむいだ。
「びーだま…」
「近所で縁日というイベントがあって、誘われた。そこで飲んだソーダ水の瓶の中に入っていた」
「瓶の中?」
よどみない解説は丁寧なようでいて、不親切きわまりない。瓶の中にマーブルが入ってるってどういうことだ。そもそも、えんにちって何だ。
(誘われたってことは、近所の子とか、そんなんかな。うまくやってるってことか…?)
そこかしこにクエスチョンマークを飛ばしていると、刹那は自分の掌に視線をやって、何かを思い出すような眼つきになった。
「これで、ガラスの瓶に蓋をしてあるらしい。買うと、その場で玉を上から押して、瓶の中に落としてくれる。飲み終わった瓶は本当は返すらしいが、店主が持っていけと言った。だから貰ってきた」
先刻よりは数段、出来のいい説明だった。足りない部分をいつもの習慣で想像で補って、ロックオンはだいたいのあらましを理解する。
縁日というのはおそらく、定期市やバザーのようなものなのだろう。そこで見たことのない瓶に入ったソーダ水を、たぶん一緒に行った子に勧められでもして飲んだのだ。マーブルが中に落ちた瓶というものはロックオンにも想像がつかないが、きっとカランコロンと奇麗な音がするに違いない。それが物珍しくて、刹那はじっと眺めていた。瓶の口から中を覗きこんだりもしたかもしれない。その様子を見ていた店主が、瓶を返さなくてかまわないと言った、そんなところじゃないだろうか。
不思議そうに瓶を見つめて振ってみるかれの姿を思い描いて、ロックオンは何だかほほえましい気分になった。戦場しか知らない子どもの世界が少しずつ、広がっていくようで。
あらためて刹那のまだ大人になりきらない掌の上、ころりと転がるガラス玉を見る。傷ひとつない。人さし指と親指で摘んで眼前にかざせば、白い砂浜と碧い海が天地を逆さまに像を結んで、直径二センチの宇宙はたちまち直径二センチの地球に変わった。
ちょっと不可思議な、懐かしさ。
「せっかく貰ったのに、くれるのか?」
こんな奇麗なのに勿体ない、という響きを言外にこめて確認すれば、刹那はこくりと頷いた。
「最初からそのつもりだった」
「――――何でまた」
「誕生日に、なにもやらなかったから」
たんじょうび、とロックオンは鸚鵡がえしに呟いた。たしかに自分は数日前に誕生日を迎えたけれども。そしてかれからは、おめでとうの一言も貰わなかったけれども。でも、刹那の性格と互いの関係性を考えたときにそれは別段おかしなこととも思えず、だからロックオンは気にもしていなかったのだけれども。
(刹那が俺に、誕生日プレゼント、ねえ…)
それも、潜伏先の日本で誰かに教わったことなのだろうか。予想もしていなかった展開に驚き感心しつつ、嬉しいものは嬉しい。口元が自然とほころんだ。
「そっか。じゃあ、ありがたく貰おうかな」
大事にするよ。そう言って、ロックオンはビー玉という自分にとっては新しい名をつけられたガラスの球体を、今度はその名付け親であり贈った当人である刹那に透かしてみる。黒い手袋の指に挟まれたちいさな丸い世界の中で、刹那はやっぱり天地逆さまになりながら、いつもの強いまなざしで確かにロックオンの視線を捉えた。
そして、ほんの少しだけ目を細めた。
「おまえにやりたいと思った。…おまえの、」
―――おまえの眸に似ていた、から。
一呼吸ののちに抑揚を欠いた声でぽつりと落とされた告白に、ロックオンは顔にかあっと血が上るのを為す術もなく自覚した。とてつもない殺し文句だった。