最初に銃を持ったとき、引鉄というのはなんて重いのだろうと思った。
 グリップを握り、人さし指をトリガーにかけて手前に引くと、はじめは滑らかに反応する冷たい金具がある一点で抵抗をみせる。まるで、本当に撃つのかと、問いかけてくるように。自分のしていることがわかっているのかと弾劾するかのように。
 そこで躊躇わず指先に力をこめて引き絞ることができなければ、的は撃ち抜けない。銃は、撃てない。
 今のかれが、「ロックオン・ストラトス」が在るのは、躊躇いを振り捨てることに成功したからだ。
 最初あんなに重かったはずの引鉄は、回数を重ねるごとにだんだん軽くなり、やがてすっかり慣れた。今のかれは殆んどワンアクションで引鉄をひく。何も考えずにターゲットを撃ち抜ける。
 銃でひとを殺すのはとても簡単だ。相手の肉を断つ手ごたえがあるわけでもなければ、血を見ることもない。ガンサイトの中、命中したことだけを確認してすぐにその場を離れるから、相手の死に顔はおろか、死んだかどうかすらたしかめない。致命傷か否かは撃った感覚でわかるし、たとえ急所を外れたとしても狙撃の場合、射線でこちらの居場所を割り出される危険を犯してまで二発目を撃つことはない。
 とても冷徹で、無機質な、ひとごろしの所業。
 躯が、憶えている。
(でも、これはすこし違う)
 GNライフルのスコープを覗きこみながら、ロックオンは漠然と感じていた。
 移動する標的に照準を合わせる動作には無駄がない。冷静にターゲットを見据え、動きの先を読んで狙いをつける。ピピッと音がしてレチクルが固定される。一撃で墜とす。すぐ次に狙いを移して、これも一撃。精密射撃の照準チェックが目的のシミュレーション・テストだから、向こうからの攻撃はない。ただ淡々と墜としていくだけの作業。
 トリガーは、軽い。とても軽い。反動のない撃発は、実射ではありえないものだ。
 おもちゃみたいだな。ふとそう思ったところに、
『お見事』
 通信が飛びこんできて、ロックオンは細く長く息を吐いた。撃ち抜くべきターゲットはもう残っていなかった。



「お疲れさん」
 ほれ、とイアン・ヴァスティが放ったスポーツドリンクのボトルを着地と同時に片手で受け取る。低重力や無重力の空間にもだいぶ慣れた。
「サンキュ、おやっさん」
 ストローを咥えながら礼を言うと年嵩の整備主任は口の端でちょっと笑って、端末画面のチェック項目に目を落とした。
「こっちは概ね確認できた。そっちはどうだ。何か気になった点はあるか?」
 ストローを口にしたまま、ロックオンは暫し迷う。テストの目的である照準に関しては何ら問題はない。むしろ、自分の意図にぴたりと吸いつくような動きは、小気味よいほどだ。トリガーを引いてから発射までの反応速度も不足なし。ただ……。
 振りかえって傍らのデュナメスを仰ぎ見た。MS――巨大な兵器。かれが慣れ親しんだ狙撃銃とは比べものにならない、その破壊力。
 ガンダムに乗ることに今更、迷ったりはしないけれど。
「何だ、言ってみろ」
 些細なことでも別にかまわんぞ。当然のように促されて、ロックオンはため息をついた。イアンはいい男だ。メカニックとしての腕も、人間としても。つい、我儘を言いたくなる。
「おやっさん、あのさ……」
 いちどだけ目を伏せて、心を決めた。イアンがMS整備のプロなら、かれは――ろくでもないことながら――狙撃のプロだった。自分の扱う道具にわずかでも違和感や不満があっては、完璧な仕事はできない。これは狙撃手としてのプライドの問題だ。
「トリガーを少し重くしてくれないか。ほんの少しでいい」
 一息に要求を伝えると、予想に違わずイアンは目を丸くした。
「しかしおまえ、実射のときはダイレクトトリガーだったと言ってなかったか」
「そうなんだけど……けど、さ…」
 ロックオンは苦笑めいた表情になる。たぶんこの感覚は実際に銃器を握り慣れた者にしかわからないだろう。
 生身で撃つときには、引鉄の遊びをギリギリまで削っても、撃てば反動がかえる。血を見ることはなくても硝煙の匂いが残る。撃った、という実感が、そこにある。でも、MSのコクピットではそれがない。どれほど見た目がリアルに再現されていても、あのトリガーは巨大なシステムの一部だ。コンピュータ制御された電気信号の発生装置にすぎない。
 あまりに簡単すぎるのだ――ひとの命を奪う、そのために求められる作業が。銃を撃つことに慣れた自分でさえ、戸惑うほどに。
 だから、初めて引鉄をひいたときに重いと感じた、その感覚に近いものが少しでも得られれば。そんなものが免罪符になるなどとはこれっぽっちも思いはしないけれど、だけどせめて。
「なあ頼むよ、おやっさん」
 このとおり。わざとふざけた仕種で両手を合わせて拝めば、ロックオンに説明する気がないと悟ったのだろう。有能で頼りがいのある整備主任は、
「ま、おまえの良いようにするさ」
 撃つのはおまえだし、俺はその道のプロじゃないからな、と肩をすくめた。





―――Not even enough for an excuse.
「言い訳にすらならない」。1話より以前のいつか。このときの処置が15話で徒になって指先の感覚がなくなったんだよ、とか、そんな無駄な裏設定つき。
20080328