それは、残骸だった。
みすぼらしく煤けて散々に傷んで、崩折れた恰好のままワイヤーで床に固定されて、ひっそりと廃棄されるときを待っていた。
かつてモビルスーツであったもの。世界中を震撼させた脅威の機体の、なれの果て。両腕を斬り落とされ、右足を奪われ、七本あった剣をすべて喪って戦う術を失くした、ガンダム・エクシア。
あまりにも無力なその姿を刹那は黙って見上げる。
CBが壊滅して――とかれは思っていた――独りに戻っても、かれはエクシアのマイスターで在り続けた。整備は追いつかず、パーツも足りず、無理に無茶を重ねて、それでもエクシアは刹那に忠実に応えてくれた。折れた剣で、ともに戦ってくれた。
この四年というもの、エクシアこそが刹那の帰る場所……ホーム、だった。
補給なしでの驚異的な活動時間を可能にしてのけた原動力たる太陽炉は、すでに取り外されている。機体後背の中央、碧くうつくしい光を生み出していた場所には、ぽかりと虚無が口をあけていた。そこにあった太陽炉が搭載された新たなガンダムで、刹那は戦ってきたばかりだ。今日から、かれが愛機と呼ぶ存在は目の前に無残に横たわるエクシアではなく、ハンガーに威容を保って佇むダブルオーガンダムとなった。
破壊しつくされた機体は、たとえイアン・ヴァスティの天才的なメカニックの腕を以ってかつての姿を修復できたとしても、五年前のスペックではアロウズの新型には敵わない。
エクシアの役目は、終わったのだ。
刹那は表情を変えぬまま、まばたきをひとつ、した。胸腔にぐるりと蜷局を巻く息苦しいほどの情動を、何と呼び、どう処理すればいいのか、わからなかった。
だからかれは、そうっと息を吸いこんで、吐き出して、その次に訪れた衝動に身を任せた。
かつん、と誰もいないコンテナ内に靴音は高く反響した。かつん、かつん。ゆったりとした間隔を置いて硬質の音が鳴るたび、青と白を基調とするEカーボン製のボディとの距離は縮まって。
伸ばした指の先、グローブ越しにつめたい無機物の感触が伝わる。
刹那は両眼を細めた。太陽炉が取り付けられていた空洞の縁をそうっと撫でた。円い縁はところどころが欠けたり罅割れたりしていて、オイルやら煤やらの汚れが黒くこびりついている。それでも、大事な動力炉の周辺部はまだ損壊度は低いほうだ。
前方に回りこめば、頭部正面から右のカメラアイを抉って側面まで達する大きな損傷が目を引く。左右にぴんと尖った象徴的な形状のアンテナは片方が中途で折れ、剥き出しのアイセンサーが黒く、死んでいた。
刹那はまた、ゆっくりと両眼をまたたいた。
思い出すのは、初めてエクシアに引き合わされた日。あなたのガンダムよ――案内した戦術予報士はそう言って微笑んだ。かつて幼い眼に鮮明に焼きついたあのガンダムに、とうとう自分が乗る。高揚と、信じ難い気分と、少しばかりの畏怖とで胸がいっぱいで、かれは声もなくただ見つめることしかできなかった。
あの完璧な雄姿ならば、昨日のことのようにはっきりと憶えている。
「俺の、ガンダム……」
刹那の手が、もう二度と光を灯すことはない傷ついたカメラアイに触れた。それから、折れたアンテナに。額に刻まれた六つの文字に。
GUNDAM―― それは刹那の希望であり、未来であり、生きる意味そのものだ。
眸を閉じれば、数々の戦いの記憶が走馬灯のように瞼によみがえる。いなくなってしまった人たちの面影とともに。
戦った、何度でも戦った。戦うことしかできない刹那にとって、それは生きることと同義だった。激戦の中で喪われたものは大きかった。けれど、得たものも大きかった。その、あらゆる場面にエクシアは存在していた。
(そうだ、俺のガンダムだ)
たとえ姿は消えても、エクシアはダブルオーのツインドライヴの片翼として、これからも刹那とともに在る。得たものも喪ったものも、すべてを抱いて刹那は戦い続けるのだ。
ふと、口元に淡い笑みが浮かんだ。四年前、宇宙の闇の中に消えた男がよく、おまえは言葉が足りないと怒っていたのを思い出したからだった。
――だからさ、帰ってきたら、ただいま。誰かを出迎えるときは、おかえり。何かをしてもらって嬉しかったら、そのときは、こう言うんだよ……
「ありがとう―――」
今まで有難う、エクシア。つぶやいた声は、ひんやりと静まりかえった空気にふわりと溶けて、消えた。