「タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアポカイフェヌアキタナタフ」
「…………え?」
 突然、意味不明な音の羅列を口にしたロックオンに、アレルヤは何事かと振りかえった。
「ど、どうかしたんですかロックオン?」
「ん? ああこれこれ」
 グローブの手首が軽く揺らしてみせた支給品の端末を斜め横から覗きこむ。
「『世界一の一覧』……?」
「そ。今のは世界一長い地名ってやつ。正式にはもちっと長くて、タウマタファカタンギハンガコアウアウオタマテアトゥリプカカピキマウンガホロヌクポカイフェヌアキタナタフ、っていうらしいぜ。ニュージーランドにある丘の名前だとよ。標高305メートル、略してタウマタ」
 短い、とアレルヤは笑う。そりゃあ毎度いちいちこんな長いの言ってらんねえだろうよ、とロックオンも苦笑して肩をすくめた。
「その長いのを、綴りを見ながらにしたって普通に読めてしまうあなたも相当だけど」
「これでもわりと得意なんだぜ、早口言葉」
「早口言葉じゃないでしょう」
 地元の皆さんに失礼ですよ。くすくす肩を揺らすアレルヤにロックオンは軽く舌を出してみせて、ちなみに、と続ける。
「今のはマオリ語で、『膝の大きなタマテアという名の、あちこち旅をして回っていて"土地飲み"として知られる登山家の男が、愛する人のために鼻笛を吹いた山頂』って意味だそうだ」
「誰ですかそれ……」
「まだあるぜ。ランヴァイル・プルグウィンギル・ゴゲリフウィルンドロブル・ランティシリオゴゴゴホ、これはウェールズにある村で、世界最長の駅名。意味は、『赤い洞窟の聖ティシリオ教会と激しい渦巻きの傍の白ハシバミの洞の中の聖マリア教会』だ」
 言っとくが出まかせじゃねえぞ、と見せられたロックオンの端末に映し出された画面を確認して、アレルヤの笑いは本格的に止まらなくなった。
「なんでこんなのが読めるんですかあなた!」
「ちなみにアメリカには、チャーゴグガゴグマンチャウグガゴグチャウバナガンガマウグ湖って湖があるんだってさ」
「ひどい……!」
「こら、その言い種のほうがよっぽど地元の皆さんに失礼じゃねえか」
 たしかに早口言葉みたいだ、とアレルヤが言えば、三回唱えたら何か願いが叶ったりしてな、とロックオンがまぜっかえす。ふたりしてげらげらとひとしきり笑い転げ、それでもまだ収めきれない衝動に涙すら拭いながら、
「……でもどうしたんです、急にそんなこと調べたりして」
 アレルヤはごくシンプルな疑問を口に乗せた。最年長のマイスターは読書好きで雑学知識も豊富だったが、ワールドワイブウェブ上のフリー百科事典を眺める趣味などはなかった気がする。
 ところが、訊かれた男は途端に盛大に顔を顰めた。
 あれ、とアレルヤは首の傾斜を気持ち大きくした。訊いちゃダメだったのかな、と咄嗟に不用意な発言を後悔しかけるも個人的にはそこに駄目な要素をまったく見いだせず、当惑する。
(ええと……)
 窺う気配にすぐに気づいたロックオンは、ばつの悪い表情で苦笑いした。
「あー…悪い、おまえの所為じゃねえよ。ちょっとした自己嫌悪だ、気にすんな」
 自己嫌悪、って何で。問いを言葉にしきれず飲みこんだ矢先、セイロン島のさ、と言い継いだいつもより少し低めのテノールに灰色の左目が見ひらかれた。それは、つい先日かれらが武力介入を行った島の名だ。
「地誌をちょっと調べてたんだが、旧スリランカの首都名がけっこう長いんだなって思ったところから、」
 ……脱線した。一拍挟んで白状した声は八割ほどが吐息だったが、決して重すぎるということはなかったので、アレルヤはまばたき二回ぶんの間それを眺め、それから、
「なんていうんですか?」
と訊ねた。
「あ?」
「スリランカの首都名」
 長いんでしょう? 笑いかければ、ロックオンの唇がちいさく笑みを象る。
「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ。シンハラ語で、光り輝く勝利をもたらす都市コッテ、って意味だそうだ」
「あ、先刻のよりずっと言いやすいですね」
「三回繰りかえせばやっぱり早口言葉だろ」
 たとえば、どうしてかれがいまさら彼の島の地誌に興味を持ったのか、とか。そこで自分たちが何人の命を奪ったのかとか、そういうことがまったく気にならないと言えば嘘になるけれど。それでもあれはヴェーダが推奨し優秀な戦術予報士が択んだプラン通りに進められたミッションで、CBの屋台骨である量子演算コンピュータは四人のマイスターの戦績を妥当とし、完了したものと正式にみなした。ならば、実戦部隊である自分たちにできることは――すべきことは、もう、ないのだ。後味がどれほど悪くとも、今後同じようにたくさん殺していくことになろうとも。
 もはや後戻りはできないし、振りかえっている余暇もない。前を向いて進んでいくだけだ。
「―― そうだ、アレルヤ」
 沈みかけた空気を振り払うかのように、ロックオンが明るい声を発した。
「地名ってわけじゃないが、もっとずっと長い言葉、教えてやろうか?」
 アレルヤはきょとんと碧翠色の双眸を見かえした。次いで、ロックオンの端末の画面に映し出されたままのネット上のフリー百科事典の項目にもういちど視線を落とす。
「……これですか? 世界で一番長い単語――『古代ギリシアの喜劇作家アリストファネスが作品の中で使った料理の名前』?」
「違う。もっと長い」
「そんなのがあるんですか。ここには載ってないようだけど」
 本気で不思議そうに首を傾げる黒髪の青年に、ロックオンはにやっと企んだ笑みをひらめかせた。
「smiles」
「え?」
 笑え、と要求されたのかと思い、アレルヤは次の瞬間、言われた単語の語尾に余計な「s」がついていたことに気づいた。つまり、これが「もっと長い言葉」ということだろうか。……どのへんが?
 目を円くしてぱちぱちとまたたいていると、くくっとロックオンが肩を揺らして、綴りを思い出してみろよと言った。アレルヤの長い指が言われるままにテーブルの上に英語の綴りを描いていく。
 ――― s / m / i / l / e / s 。
 あ。
 声もなく口がぱかりと開いた。そんな莫迦なと思いながら顔を上げれば、五つ年長のマイスターは悪戯が成功した悪ガキめいたにやにや笑いで此方を見ていた。
 smiles、つまり、sとsの間が1マイル。
「…………ずるい」
 思わず拗ねた声を上げたアレルヤに、年嵩のはずの男はまるで子どもみたいな顔で思いっきり噴きだした。





―――we're still living through laughter
おおむね意味なし。何か唐突にアレロクが書きたくなったので。
スリランカの首都名を発端に世界一長い地名調べに嵌ったのは何を隠そう葛生さんですよ。スリジャヤワルダナプラコッテは小学生の頃クラスでちょっと流行った(早口言葉として)。地名の意味は公式サイトの英語に忠実に訳してみました。ウェールズにはもっといろいろ長い名前があるんですが、発音がカタカナにできないので使えませんでした。無念。
"live through laughter"で笑って生きるとかやり過ごすみたいなかんじです。
20090810