「何です、それは」
 ワインレッドの双眸が胡乱なものを見るまなざしで眼前に差し出された物体をじろりと睨んだ。
 母艦の、ブリッジへ向かう通路の一角。
 革手袋に包まれた右手が、さもそれが然るべき行いであるかの風情で摘まんでぶら下げているのは、透きとおった鮮やかな青硝子でできたキーホルダーだ。サイズは直径二センチほど、少々歪な円い輪郭の中央に、白と水色と黒を同心円に重ねて目だまのような意匠が描かれている。
 その一つ目だまと本気で睨み合うことしばし。
 眼光の強さを変えずそのまま上方へと視線をスライドさせれば、
「何って、お土産?」
 いちおうの答えを寄越したつもりらしいロックオン・ストラトスの語尾にはなぜか、クエスチョンマークが付いていた。
「どういうつもりですか」
「どういうって、だからお土産。魔よけのお守りだとよ」
 この目だまが悪い魔物を睨んで追っ払ってくれるから何があっても安心、いざという時は身代わりにもなってくれるらしいぜ、と狙撃手は自分の手柄でもないのに自慢げに語る。
 くだらない。ティエリアは鼻息ひとつで一蹴した。先端技術を通り越してオーバーテクノロジーの粋を集めた組織内にあって、年長者であるはずのこの男はどうしてこうも非科学的に在れるものか。だいたい、そんなガラスのキーホルダーなどいつ割れるかもわからず却って危険極まりない。
 さらに言えば、地上任務から帰艦したガンダムマイスターがクルーに土産を買ってくる必要性がそもそも皆無だ。
「そんなことより、」
 取るに足らない迷信を挟んでこれ以上時間を空費する気も起きず、ティエリアはもっと大切で切実な問題へと話題をシフトすることを建設的に選択した。
「ロックオン・ストラトス。先日のミッション、あれはどういうことです?」
「うん? 先日の、って旧ソマリアのやつか? ……どういうもこういうも、ヴェーダに報告したとおりだが」
 ちゃんと承認されてただろ?と平然と小首を傾げてくるのは、わざとだろうか、天然だろうか。ティエリアの頬がぴくりと引き攣る。
「ミッションプランと大分違ったようですが」
「んなこたァねえだろ。まあ途中はちっとばかりズレてたかもしれんが、定刻内に百パーセント目標撃破してミッションは完遂したし、こっちの損害もたいしたことなかったし」
「エクシアがまたシールドを損失しましたね。ビームダガーも二本とも無為にした。たいした損害ではないと?」
「エクシアのことなら刹那に言ってくれ」
「監督責任はあなたにある」
「冗談! そこまで面倒は見きれねえ」
 ロックオンは碧い眸をまあるく瞠って、 
「俺はよくやってるほうだと思うけどな、違うかい?」
 大袈裟な仕種で肩をすくめてみせた。
 ぎっ、とティエリアは眦を吊り上げた。
 狙撃型ガンダム・デュナメスのマイスターは、四人のマイスターの中で最も年嵩なだけあって、大方の場面において残る二人に比してかなりしっかりと立場を弁えた言動をする。だからティエリアもマイスターのリーダー役として一目置いているのだが、そうかと思えばこの男は一転して不謹慎な、人を食った態度でティエリアの神経を逆撫でしてのけるのである。
 しかも、
「だいたい、あなたは刹那・F・セイエイに甘すぎる」
「そうかあ?」
「自覚がないとは最悪ですね」 
「ひっでえな、断言かよ」
 どれだけ辛辣に糾弾しても、どこ吹く風でへらへらと軽薄に笑っているのだ、腹立たしいことこの上ない。まともに相対しようとせず、大人の態度を粧って都合の悪いことを往なす――この艦の戦術予報士にも通ずる悪癖だ。
「っ、」
 ざわり、と。
 肚の底で瞬間的に沸騰して喉元まで迫りあがった苛立ちを、しかしティエリアは吐きだす寸前で嚥下した。
 視線の先、狙撃手が少しばかりあてが外れたとでも言いたげに眉を上げる。
(その手には乗るものか)
 ロックオン・ストラトスが何かとティエリアから感情的な反応を引き出したがっていることは承知している。――なぜ、そんな無益なことをしたいのかは知らないが。ティエリアは肩をそびやかした。挑発にのせられて理性を失い、喚き散らすなど、愚かしい人間のすることだ。
「ともかく、ヴェーダの推奨したミッションプランを軽んじるような勝手な真似は以後、固く慎んでもらいます。度重なるようであれば制裁を検討する必要も生じるでしょう。いいですね」
 けんもほろろに言い放つと、かつんと堅い靴音を床に響かせて妨げられた歩みを再開した。上体を捻り、行く手を塞ぐ長身の脇をすり抜ける。
 否、すり抜けようとした、ときだった。
「まあ、そう堅苦しいことを言いなさんなって」
 苦笑と溜息とがちょうど半分ずつ雑じった声が聞こえたと同時に、ぽん、と頭上に何かが置かれ、
「……ッ!?」
 ティエリアが反応するより早く離れた。狙撃手の右手が触れたのだ、と理解するのに一拍の間を要した。
 ――まるで、幼い子どもでも宥めるように、気安く。
 かっと頬に熱が上った。
「なっ」
 にをする、と振り向きざま抗議しかけた、その隙を見計らった巧みな間合いで、革手袋の指先が摘まんだものをティエリアのカーディガンのポケットに滑り込ませてゆく。
(しまった……!)
 完全に虚を衝かれたティエリアは一瞬、茫然と立ち尽くした。
「終わりよければすべてよし、ってな」
 しれっと笑った男は気障ったらしく片目を瞑ってみせ、目的は果たしたとばかりにそれきり振り向きもせず行ってしまった。
 置き去りにされた恰好のティエリアは歯噛みしてそれを見送り――やがて通路に人の気配がなくなって随分経ってから、そうっとポケットに手を挿し入れた。
 硬質な、つめたい感触。
 丸い――いかにも手仕事らしく歪んだ円のかたち。
(いざという時は身代わりにもなってくれる、魔よけの守り)
 次に取るべき行動に、かれらしくもなく躊躇した。散々迷った末、硝子の塊につながった紐の部分を引っ張って取り出した。
 男がしていたように指先に摘まんで眼前にかざせば、ぶらりと揺れる、青い硝子の一つ目だま。
(いざという時は――)
「――くだらない」
 鋭い舌打ちをひとつ、親の敵でも見るような険しい表情で、白い拳がぎゅっとキーホルダーを握りこんだ。





―――con capriccio: side T
ロックオンがマイスターズに何かをあげる、というシチュエーション縛りの小話その1で、ティエリアにナザール・ボンジュウ。数日後、「これ何だと思う?」とイアンにヴァーチェのコクピットの隅にぶら下がった目だまの写真を見せられて兄さんがニヤっとしたりすればいいと思う。
タイトルは「気まぐれに」という意味の音楽用語(伊語)ですが、単にgiftって話を前に書いてるので使えそうなものを探していて行き着いただけだったりします。兄さんが誰かに何かをあげる=気まぐれ、という解釈。間違ってないと自賛してるんだがどうでしょう。
20100910