「あなたは刹那を赦せるのか」
問いかけは唐突で、しかも容赦がなかった。
浜辺でひとわたり頭を冷やし――熱帯に位置するこの島のいくつかの利点のなかでも殊にロックオンが気に入っているのは、夜間に長く屋外にいても身体が冷えないところだ――、そろそろ取り繕えるようになったと判断してベースに戻りしなの、不意打ち。コンテナの外壁にもたれて腕を組んだティエリアは、どうやらかれの帰りを待ち構えていたらしい。それとも、監視でもしていたのか。
刺すような視線を向けてくる奇麗な顔にちらりと目をやり、は、とロックオンは失笑した。そのまま脇をすり抜け、入口の把手に手をかける。
「赦すも赦さないもないな」
「本当に…?」
「信用がないな」
「たとえばミッションを遂行中、絶好の機会が訪れたとして、どさくさに紛れてエクシアを狙撃しないと言い切れますか」
タラップに置いた足が止まった。ロックオンはさすがに絶句してティエリアを振りかえった。闇に慣れた眼が、そそがれる強い視線を検分する。
誤魔化しやその場しのぎの言い逃れを決して許さぬ、真相を見極めようとする眸。見下ろしたその表情には一片の感情も窺えない。が、ヴァーチェのマイスターに冗談を言っている様子はなかった。
「……そうか、その手があったか」
思いつきもしなかったぜ。思わず真顔でひとりごちれば、
「ロックオン」
ティエリアが語気を強める。ロックオンは肩をすくめて苦笑した。
「冗談だよ」
「………」
「そんなことやらかした日にゃ、マイスターの資格を剥奪されちまうだろうが。そしたら紛争根絶ができなくなる。そいつは俺としても困るんでね」
「それで、納得できますか」
白を白、黒を黒と断定することに至上の価値を見出しているような声音だ。ロックオンは憧憬に類似した懐かしさをおぼえて目を眇めた。これもまた若さだけに与えられた特権だろうか。
問いかけにすぐに答えることはせず、少し考えてからタラップを上がりかけた状態で停止していた身体を反転すると、しっとりと湿った地面に足を戻した。入口をはさんでティエリアとは反対側に、同じように寄りかかる。
ため息をひとつ。空を仰いだ。生い茂った木々の葉の隙間から無数の星が瞬くのが見える。悠久のきらめき。
「…………十年だ、ティエリア」
沈黙を破った声は、囁きに近かった。
家族と突然の別れを強いられたとき、ロックオンはまだ十四歳だった。あらためて口にしてみて、なんて昔になってしまったのだろうと過ぎた時間の長さに眩暈がする。タイム・フライズ・ライク・アン・アロー。
「十年間、あのときのことは、無力感も絶望も怒りも悲しみも、もちろん恨みだって忘れたことはない。だがな、十年も生きてりゃ人間、いやでも成長するもんだ。道理だとか分別だとか、そういったもんが自然と身についちまうのさ」
淡々とロックオンは話した。ティエリアは身動ぎもせず、黙って聞いていた。何処かで夜鳴鳥が歌っている。蝙蝠の飛び交う羽音。ガサガサと下生えを揺らして餌を探す小動物の気配。孤島の夜は静かで、にぎやかだ。
「テロを起こしたKPSAは今でも憎い。でも、テロを起こしたのは刹那じゃない。その区別ができちまったら―――」
どうしようもないだろ、と。ぽつりと呟いた声には諦観がただよっていた。
「ロックオン…」
「なのにあいつは逃げなかった。てんで筋の立っちゃいない復讐に付き合おうとした。あんな子どもにそんな大人の対応されちまったんじゃ、実際に大人の俺としちゃ、割り切るよりほかにないんでね」
ティエリアへと視線を移動させ、安心しろ、とロックオンは笑顔をみせる。声も明るいものに敢えて切り替える。
「ミッションに支障をきたすような真似は万が一にもやらかさねえから」
たとえ心の整理がついていなくとも、それだけは間違いがない。互いの決意も目的も願いも、昨日までと何ひとつ変わっていない。
紛争の根絶。
そのために生きて、戦っている。その想いがあるかぎり、戦える。――ともに。
そこに、嘘はない。
「…………そうか」
ティエリアは一言、そう答えただけだった。けれどその声色がどこか安堵しているように聞こえて、ロックオンはいささか意外な思いを禁じ得ない。ぱちりと瞬きをして薄暗がりに沈んだその顔を見直した矢先、ふうっと周囲を取り巻く闇がやわらいだ。月が昇ったのだ。
木立の間から射しこむ白い光に照らされて、やや俯き加減のティエリアは思いなしか、うっすら微笑んでいるように見えた。なんとなし、見てはいけないものを見てしまったような気分で、ロックオンはまた空を見上げた。風が心地よかった。
「それはそうとティエリア、おまえさん夕食は」
そうやってふたり無言で佇んでいたのは、ほんの一分ほど。ベースに帰還した目的を思い出してロックオンが身体を起こすと、ティエリアは呆れたような目を寄越した。
「とっくに済ませた」
「あっそ」
じゃあ俺は独り寂しく食べ損ねた飯を食ってきますかね、と。再びタラップに足をかけたロックオンをしかし、ティエリアは思わぬ言葉で呼び止める。
「コーヒーでよければ」
ロックオンはちいさく目をみはった。そっぽを向いたまま独白めいて、ティエリアは言ったのだ、たしかに。コーヒーだけでもよければ、つきあってもかまわない、と。
これもまた成長の証、か。
「そりゃ光栄だ」
ロックオンは破顔して、コンテナの扉を開けた。